20 Jul 2001
日の光もまともに差し込まない、深い杉林の奥に建つ館とはいえ、夏の盛りに、この奥の間の涼しさは異常だった。広さは四十畳ほど、襖を閉め切り欄間にも覆いをして外光を締め出し、さらに釘で板が打ち付けられている。家人が出入りする襖の脇に行灯が一つ灯っている他はこれといった調度もない部屋だが、目を凝らすと、どの襖にも金箔濃絵の山水が描かれている。その贅を尽くした座敷牢の中央に、さらに似つかわしくないものがひとつ。天井に届くほどの高さに竹の櫓(やぐらが)組んであり、数十枚も積み重ねた布団を崩れ落ちないよう支えていた。
「当主の木羽田倭兵衛にございます。あのように床に伏したまま、このごろではもう一滴の水さえも口にしないようになりました」
この家の番頭は、布団やぐらから目をそらしたままそう言うと、他の家人たちも、じっとりとした冷気にこもる布団やぐらの臭気に、横を向いたまま軽くえづき始めた。番頭の話では、押しつぶされるほどの重さに布団を重ねたその下では、この家の主である木羽田倭兵衛が重い病の床にふせっているのだという。コギリは、この淀んだ冷気の真ん中で、今まで出会ったことのない何かが、じっと息を潜めてこちらをうかがっているのを感じた。
池田は大阪の北西、妙見山の麓にある。周囲に広がる田畑を見ながら歩いて行くと、道はやがて杉林の中を抜ける妙見山の山道となる。その辺りまでくると住むのは殆どが百姓や樵(きこり)で、よそ者が来ることは少ない。コギリは、以前高麗屋を探った際、御所忍びの戎(えびす)次郎衛門の瀕死の口から語られた「池田」という言葉の意味を探るため、このひと月ほどの間に幾度かこの地を訪れていた。
見知らぬ土地に探りを入れる時、コギリはよく野鍛冶に扮した。背負い葛籠(つづら)に、小さな金床とふいごを入れ、農村などを回っては鋤鍬などの農具を打ったり、修理をする移動式の鍛冶職人である。土地の長に挨拶さえ通せば、初顔であっても大抵の場所で歓迎される職業だ。コギリは、農家の軒先などを借り、客が来るまで苦無や手裏剣などの忍び道具を打ちながら周囲を伺った。そうして金槌の音で集まった百姓たちから、土地の噂話を聞く。また、夜になれば闇にまぎれてあたりを探索することもある。先日も、この付近の村を探索中に、小夜という名の娘を救いだし、そのまま大阪の犬万こと乾(いぬい)万蔵のもとに預けていた。
妙見山の界隈で広く山林を支配する木羽田家の当主、木羽田倭兵衛の奇病の噂は、すぐに耳に入ってきた。それによればある日のこと、いつものように山林を見回りに出た倭兵衛は、山の斜面で足を滑らせて沢まで滑落した。その時は家の者が捜索したが見つけることができなかったのだが、数日後になって、ふらふらと自力で生還してきた。そして、その日を境に倭兵衛の様子が次第におかしくなったのだという。
もともと山の荒くれ者達を仕切ってきた倭兵衛は、体格も大きく顔は赤銅色に日灼けし、大声で檄を飛ばし大声で笑うような偉丈夫だったが、その日から人が変わったように家中の者とは口をきかなくなり、奥に籠もりがちになってしまった。それだけではない。得体の知れない異人達が倭兵衛を訪ねてきて、始終出入りするようになった。そんな日が続くうちに、奥の間に家中の布団を積み重ねさせた中に潜り込んで、出てこなくなった。
村の者は、倭兵衛はすでに人の姿をとどめない、怪異な姿になり果てているのだと言う。戎次郎衛門が言っていた池田とは、この木羽田倭兵衛の件を指すのではないか。コギリの報告を聞いて、坂上も木羽田倭兵衛の屋敷を訪ねることにした。
この日、坂上は儒者服を着込んで風水見に、コギリはそのお付きの小者に扮していた。そして、この界隈に奇妙な病人がいるはずだと尋ねて歩いた。奇妙な病人を探す風水見の噂を聞いた木羽田家の番頭が、二人を招き入れたのである。
奥の間に案内されると、すぐに坂上は天蓬尺を横一文字に構え、十句観音経を唱え始めた。すると、目の前の奇妙な布団櫓からきゅうきゅうと獣めいた呻きが聞こえてきた。やがて重ねた布団の間から、青白い指先、腕、そして変わり果てたこの館の主人が滑り出てきた。それは五体五指は満足にそろっているものの、どの部分も芋虫のようにぶよぶよと皮がたるみ、暗い部屋の中で光るかと思うほど白かった。
「もうこれは潰れておるではないか」
坂上は、倭兵衛から目を離さずそう言った。人が人の形を保っていられるのは、命の働きだけではない。魂が病んだり、死ぬようなことがあれば、たとえ命はあっても人の姿を徐々に失ってしまう。倭兵衛だと言われたそれは、もはや人の姿も魂も崩れ果てた「潰れ」にすぎなかった。
「依り物ならば掃うところだが、これは魂魄ごと滅するのがせいいっぱいだ」
それは、布団の山からずりずりとはい出しながら、絶えずあちこちと頭をめぐらせていたが、どの方向を見ても、焦点を失った両眼がこちらを見ているように思えた。コギリはそれを凝視していると、まるで自分が水の底にでもいるように、耳の奥が奧に押し込まれるような圧迫感を感じ始めた。そしてその圧迫感はやがて湿った冷気の風となって、布団櫓からコギリたちを押し包んできた。
コギリは、水流に足をとられるようにふらついた。そして、何かが近づいてきたと思ったとたん、目の前に倭兵衛の顔があった。くわっと開いた不潔な口の中を見た瞬間、体をかわす間もなく、左の肩に喰い付かれてしまった。相手の動作はおそろしく速い。二間ほどの距離をこれほどの速さで詰める者は、忍びの中にもいない。コギリはすぐに苦無を逆手に持ち替えて倭兵衛を突こうとしたが、ふらりとめまいを感じて苦無を取り落とした。そして急に視界が狭まってくるのを感じ、しゃにむに倭兵衛をふりほどこうとしたが、今度は腕が思うように動かなくなった。すぐに自分がどちらを向いているのかもわからなくなり、ただ遠くから「うおんうおん」という耳鳴りのような音が聞こえるだけになった。
だが、それは「しっかりしろ」という坂上の声だった。坂上は、天蓬尺を振りかざすと、まず倭兵衛の背中に一発。さらに床にたたき落としたところへ、頭に一発食らわせた。「ぎゃん」という獣めいた声を発して倭兵衛が動かなくなると、我に返ったコギリは、部屋の隅に逃げ込んで大声で叫んでいる番頭と家人を当て身で黙らせた。
二人はすぐにその場から逃げた。その時布団櫓の裏側から、白い衣装に羽飾りをつけた異人が、呪文らしい言葉を口ずさみながら姿を現した。部屋にこもった不快に臭う冷気も、コギリの体が思うように動けなくなったのも、この異人に関係があるのかもしれない。が、二人は目の隅に異人の姿を認めただけで、そのまま部屋を飛び出した。屋敷内は番頭の叫び声を聞きつけ大騒ぎになっていたが、侍の屋敷ではないだけに、まともに二人の前に立ちはだかる者はなかった。
屋敷を出て、二人は杉林に挟まれた林道を駆け下りた。屋敷からは相変わらず混乱した気配が伝わってきたが、追っ手はかかっていない。まもなく街道に出るので、そこまで行けば往来の者たちに紛れてしまうこともできるだろう。
その時、風を切る音とともに一本の矢がコギリの目前をよぎった。右手の林の中、杉の影か下草の中か、何者かが短弓を射てきた。だがこれは、屋敷に来る時に、人を伏せるのに格好の場所だと話し合っていた場所だったので、コギリたちにも用心があった。坂上はとっさに左手の杉の幹に身を隠し、コギリは矢の出所を確認しながら、道に転がって二の矢を避けると同時に、石を拾って襲撃者に放った。
石投げは古来から「印字(いんじ)打ち」と呼ばれ弓にも勝る有効な戦法とされている。軽い矢は兜で弾けるが、重さのある石が飛んできたら、身をかわさなかれば、傷を受ける。古の合戦でも、敵を河原に追い込んでしまったため、印字打ちの一斉反撃を受けて形勢が逆転したという例も多い。
コギリは、短弓の射手が印字をかわすために動いたと同時に、山道から杉林の下草の中に飛び込んだ。すると別な方向から矢が飛んできたので、コギリはそちらの方向へも大きく腕を振った。もう一人の射手も身をひねって石をかわそうとしたが、これは投げるフリだけだ。そうやって牽制しながら、相手が石を避ける隙をついては、じりじりと間合いを詰めていった。
コギリは印字を打って牽制しながら、反撃に出る機会をうかがった。敵は案外動きが鈍く、このままならコギリたちに分があるように思えたが、それこそが敵の罠だった。敵が矢を射てきた杉林と道を挟んで反対側、坂上が身を潜めた場所のさらに奧の杉の樹上には、もう一人敵が潜んでいた。そしてその短弓は、坂上の無防備な背中を狙って引き絞られた。
その時、ずどんと音が響いて、木の上から敵が落ちた。そして坂上の手には銃身を短く切り詰めた種子島、いわゆる馬上筒が硝煙を上げていた。鉄砲は一旦放たれれば避けようがない必殺の武器だが、いつでも撃てるようにするには火縄に火をつけっぱなしにしていなければならない。しかも燃え続ける火縄の先端が火皿に当たるよう、絶えず調整していなければならないため、戦場以外の場所で簡単に抜き打ちに撃てるような武器ではない。が、坂上は、懐から火縄のついていない馬上筒を抜き、振り返ったと同時に、あらかじめコギリから渡されていた早付木を擦って火皿に突っ込んだのだ。
襲撃者たちの作戦は失敗した。コギリは、逃げ出そうとした二人の射手に追いつき、蹴技と苦無でしとめた。
「坂上様。あれらは倭兵衛の手の者ではございませぬ。忍びでござった」
街道に出て、しばらくしてコギリは言った。
「おそらく御所忍びであろう」
坂上は、コギリが戦いの中で感じ取り、危惧していたことをさらりと口にした。
「しかし、池田に変異があることを我らに知らせたのも御所忍び。つまりは罠だったのでしょうか」
「あれらは御所の命を受けて働くだけで、わざわざ罠をしかけたりはせん。おそらく御所は迷われたのだ」
「迷われた...ですか」
天子とは無謬の存在である。その言葉や行いは常に正しく、御言葉が一度発せられた以上、後から訂正することなどはありえないとされている。が、上に立つ者が賢明であることもまたまれだ。彼らは日々誰かに命を下すのが仕事だが、もし状況が変わったとしても、前に下した命令を取り消すことなどない。すぐさま別な者に相反する命を下してしまう。それが既に進行中の出来事と矛盾しようが構わない。互いに矛盾した命令を幾人にも下しておいて、結果利益をもたらした者を賞し、不利をもたらした者を罰するだけなのだ。
命を下された者は、その遂行のために手当や後ろ盾が得られる。坂上のように領地を持たない公家は、金のある商人に書画、音曲などの習い事を教授するか、このようにして得られる褒美で生きて行くしかない。御所忍び達が自分たちの行く手に立ちはだかったのであれば、御所から新たな命令が出され、坂上達が邪魔になったのかも知れない。殿上人の気まぐれで、二人は大きな後ろ盾と、もしかすると大儀まで失ったのかも知れなかった。坂上はふうとひとつため息をつくと、言った。
「そうなると、金が要るなあ」
「当主の木羽田倭兵衛にございます。あのように床に伏したまま、このごろではもう一滴の水さえも口にしないようになりました」
この家の番頭は、布団やぐらから目をそらしたままそう言うと、他の家人たちも、じっとりとした冷気にこもる布団やぐらの臭気に、横を向いたまま軽くえづき始めた。番頭の話では、押しつぶされるほどの重さに布団を重ねたその下では、この家の主である木羽田倭兵衛が重い病の床にふせっているのだという。コギリは、この淀んだ冷気の真ん中で、今まで出会ったことのない何かが、じっと息を潜めてこちらをうかがっているのを感じた。
池田は大阪の北西、妙見山の麓にある。周囲に広がる田畑を見ながら歩いて行くと、道はやがて杉林の中を抜ける妙見山の山道となる。その辺りまでくると住むのは殆どが百姓や樵(きこり)で、よそ者が来ることは少ない。コギリは、以前高麗屋を探った際、御所忍びの戎(えびす)次郎衛門の瀕死の口から語られた「池田」という言葉の意味を探るため、このひと月ほどの間に幾度かこの地を訪れていた。
見知らぬ土地に探りを入れる時、コギリはよく野鍛冶に扮した。背負い葛籠(つづら)に、小さな金床とふいごを入れ、農村などを回っては鋤鍬などの農具を打ったり、修理をする移動式の鍛冶職人である。土地の長に挨拶さえ通せば、初顔であっても大抵の場所で歓迎される職業だ。コギリは、農家の軒先などを借り、客が来るまで苦無や手裏剣などの忍び道具を打ちながら周囲を伺った。そうして金槌の音で集まった百姓たちから、土地の噂話を聞く。また、夜になれば闇にまぎれてあたりを探索することもある。先日も、この付近の村を探索中に、小夜という名の娘を救いだし、そのまま大阪の犬万こと乾(いぬい)万蔵のもとに預けていた。
妙見山の界隈で広く山林を支配する木羽田家の当主、木羽田倭兵衛の奇病の噂は、すぐに耳に入ってきた。それによればある日のこと、いつものように山林を見回りに出た倭兵衛は、山の斜面で足を滑らせて沢まで滑落した。その時は家の者が捜索したが見つけることができなかったのだが、数日後になって、ふらふらと自力で生還してきた。そして、その日を境に倭兵衛の様子が次第におかしくなったのだという。
もともと山の荒くれ者達を仕切ってきた倭兵衛は、体格も大きく顔は赤銅色に日灼けし、大声で檄を飛ばし大声で笑うような偉丈夫だったが、その日から人が変わったように家中の者とは口をきかなくなり、奥に籠もりがちになってしまった。それだけではない。得体の知れない異人達が倭兵衛を訪ねてきて、始終出入りするようになった。そんな日が続くうちに、奥の間に家中の布団を積み重ねさせた中に潜り込んで、出てこなくなった。
村の者は、倭兵衛はすでに人の姿をとどめない、怪異な姿になり果てているのだと言う。戎次郎衛門が言っていた池田とは、この木羽田倭兵衛の件を指すのではないか。コギリの報告を聞いて、坂上も木羽田倭兵衛の屋敷を訪ねることにした。
この日、坂上は儒者服を着込んで風水見に、コギリはそのお付きの小者に扮していた。そして、この界隈に奇妙な病人がいるはずだと尋ねて歩いた。奇妙な病人を探す風水見の噂を聞いた木羽田家の番頭が、二人を招き入れたのである。
奥の間に案内されると、すぐに坂上は天蓬尺を横一文字に構え、十句観音経を唱え始めた。すると、目の前の奇妙な布団櫓からきゅうきゅうと獣めいた呻きが聞こえてきた。やがて重ねた布団の間から、青白い指先、腕、そして変わり果てたこの館の主人が滑り出てきた。それは五体五指は満足にそろっているものの、どの部分も芋虫のようにぶよぶよと皮がたるみ、暗い部屋の中で光るかと思うほど白かった。
「もうこれは潰れておるではないか」
坂上は、倭兵衛から目を離さずそう言った。人が人の形を保っていられるのは、命の働きだけではない。魂が病んだり、死ぬようなことがあれば、たとえ命はあっても人の姿を徐々に失ってしまう。倭兵衛だと言われたそれは、もはや人の姿も魂も崩れ果てた「潰れ」にすぎなかった。
「依り物ならば掃うところだが、これは魂魄ごと滅するのがせいいっぱいだ」
それは、布団の山からずりずりとはい出しながら、絶えずあちこちと頭をめぐらせていたが、どの方向を見ても、焦点を失った両眼がこちらを見ているように思えた。コギリはそれを凝視していると、まるで自分が水の底にでもいるように、耳の奥が奧に押し込まれるような圧迫感を感じ始めた。そしてその圧迫感はやがて湿った冷気の風となって、布団櫓からコギリたちを押し包んできた。
コギリは、水流に足をとられるようにふらついた。そして、何かが近づいてきたと思ったとたん、目の前に倭兵衛の顔があった。くわっと開いた不潔な口の中を見た瞬間、体をかわす間もなく、左の肩に喰い付かれてしまった。相手の動作はおそろしく速い。二間ほどの距離をこれほどの速さで詰める者は、忍びの中にもいない。コギリはすぐに苦無を逆手に持ち替えて倭兵衛を突こうとしたが、ふらりとめまいを感じて苦無を取り落とした。そして急に視界が狭まってくるのを感じ、しゃにむに倭兵衛をふりほどこうとしたが、今度は腕が思うように動かなくなった。すぐに自分がどちらを向いているのかもわからなくなり、ただ遠くから「うおんうおん」という耳鳴りのような音が聞こえるだけになった。
だが、それは「しっかりしろ」という坂上の声だった。坂上は、天蓬尺を振りかざすと、まず倭兵衛の背中に一発。さらに床にたたき落としたところへ、頭に一発食らわせた。「ぎゃん」という獣めいた声を発して倭兵衛が動かなくなると、我に返ったコギリは、部屋の隅に逃げ込んで大声で叫んでいる番頭と家人を当て身で黙らせた。
二人はすぐにその場から逃げた。その時布団櫓の裏側から、白い衣装に羽飾りをつけた異人が、呪文らしい言葉を口ずさみながら姿を現した。部屋にこもった不快に臭う冷気も、コギリの体が思うように動けなくなったのも、この異人に関係があるのかもしれない。が、二人は目の隅に異人の姿を認めただけで、そのまま部屋を飛び出した。屋敷内は番頭の叫び声を聞きつけ大騒ぎになっていたが、侍の屋敷ではないだけに、まともに二人の前に立ちはだかる者はなかった。
屋敷を出て、二人は杉林に挟まれた林道を駆け下りた。屋敷からは相変わらず混乱した気配が伝わってきたが、追っ手はかかっていない。まもなく街道に出るので、そこまで行けば往来の者たちに紛れてしまうこともできるだろう。
その時、風を切る音とともに一本の矢がコギリの目前をよぎった。右手の林の中、杉の影か下草の中か、何者かが短弓を射てきた。だがこれは、屋敷に来る時に、人を伏せるのに格好の場所だと話し合っていた場所だったので、コギリたちにも用心があった。坂上はとっさに左手の杉の幹に身を隠し、コギリは矢の出所を確認しながら、道に転がって二の矢を避けると同時に、石を拾って襲撃者に放った。
石投げは古来から「印字(いんじ)打ち」と呼ばれ弓にも勝る有効な戦法とされている。軽い矢は兜で弾けるが、重さのある石が飛んできたら、身をかわさなかれば、傷を受ける。古の合戦でも、敵を河原に追い込んでしまったため、印字打ちの一斉反撃を受けて形勢が逆転したという例も多い。
コギリは、短弓の射手が印字をかわすために動いたと同時に、山道から杉林の下草の中に飛び込んだ。すると別な方向から矢が飛んできたので、コギリはそちらの方向へも大きく腕を振った。もう一人の射手も身をひねって石をかわそうとしたが、これは投げるフリだけだ。そうやって牽制しながら、相手が石を避ける隙をついては、じりじりと間合いを詰めていった。
コギリは印字を打って牽制しながら、反撃に出る機会をうかがった。敵は案外動きが鈍く、このままならコギリたちに分があるように思えたが、それこそが敵の罠だった。敵が矢を射てきた杉林と道を挟んで反対側、坂上が身を潜めた場所のさらに奧の杉の樹上には、もう一人敵が潜んでいた。そしてその短弓は、坂上の無防備な背中を狙って引き絞られた。
その時、ずどんと音が響いて、木の上から敵が落ちた。そして坂上の手には銃身を短く切り詰めた種子島、いわゆる馬上筒が硝煙を上げていた。鉄砲は一旦放たれれば避けようがない必殺の武器だが、いつでも撃てるようにするには火縄に火をつけっぱなしにしていなければならない。しかも燃え続ける火縄の先端が火皿に当たるよう、絶えず調整していなければならないため、戦場以外の場所で簡単に抜き打ちに撃てるような武器ではない。が、坂上は、懐から火縄のついていない馬上筒を抜き、振り返ったと同時に、あらかじめコギリから渡されていた早付木を擦って火皿に突っ込んだのだ。
襲撃者たちの作戦は失敗した。コギリは、逃げ出そうとした二人の射手に追いつき、蹴技と苦無でしとめた。
「坂上様。あれらは倭兵衛の手の者ではございませぬ。忍びでござった」
街道に出て、しばらくしてコギリは言った。
「おそらく御所忍びであろう」
坂上は、コギリが戦いの中で感じ取り、危惧していたことをさらりと口にした。
「しかし、池田に変異があることを我らに知らせたのも御所忍び。つまりは罠だったのでしょうか」
「あれらは御所の命を受けて働くだけで、わざわざ罠をしかけたりはせん。おそらく御所は迷われたのだ」
「迷われた...ですか」
天子とは無謬の存在である。その言葉や行いは常に正しく、御言葉が一度発せられた以上、後から訂正することなどはありえないとされている。が、上に立つ者が賢明であることもまたまれだ。彼らは日々誰かに命を下すのが仕事だが、もし状況が変わったとしても、前に下した命令を取り消すことなどない。すぐさま別な者に相反する命を下してしまう。それが既に進行中の出来事と矛盾しようが構わない。互いに矛盾した命令を幾人にも下しておいて、結果利益をもたらした者を賞し、不利をもたらした者を罰するだけなのだ。
命を下された者は、その遂行のために手当や後ろ盾が得られる。坂上のように領地を持たない公家は、金のある商人に書画、音曲などの習い事を教授するか、このようにして得られる褒美で生きて行くしかない。御所忍び達が自分たちの行く手に立ちはだかったのであれば、御所から新たな命令が出され、坂上達が邪魔になったのかも知れない。殿上人の気まぐれで、二人は大きな後ろ盾と、もしかすると大儀まで失ったのかも知れなかった。坂上はふうとひとつため息をつくと、言った。
「そうなると、金が要るなあ」