おいらの名前は力丸、今年で十三になる。まだワラシだけど、この村の勇人ハヤトだ。ハヤトってのは、村を守る侍みたいなもので、ハヤトになれるのは特別な子だけ。それは産まれたときから決まってて、だから力丸なんていう、他の子とはちょっと違った名前がついている。
今年は、五年に一度、山餓(サンガ)様がおいらの村から嫁とりをなさる。山餓様というのは山に住んでいなさる神様だ。嫁とりの年に十三になる娘は、山餓様に嫁ぐ決まりになっている。今年は小夜という娘だ。もちろん、小夜の親だって村の者だって、やりたくてそんなことするわけじゃねえ。やりたくはないけど、山餓様は神様だ。雨を降らして山を崩すことも、日照りで田んぼを干上げることもできるし、流行り病を流行らすことだってできる。
誰も山餓様に逆らうことなんてできゃしないけど、ひとつだけ嫁にやらずに済む方法がある。それは、娘と同じ日に生まれた男ワラシが、嫁のふりをして山に登り、山餓様にしこたま酒を呑ませて、酔っぱらわせて短刀で刺し殺すことだ。そう神主様が教えてくれた。それができる男ワラシ、つまりハヤトがこのおいらって訳だ。もちろん危ない役目で、怖くてたまらないけど、幼なじみの小夜を山餓様なんかの嫁にさせるわけにはいかねえ。うまくできるかどうかわからないけど、おいらしかできないってなら、やるしかないだろ。
今日は朝早くから起こされて、水風呂に入れられ、何度も厠に行かされた。ハヤトだと判らないよう、嫁御寮と同じ準備をしなければいけないからだ。でも白粉を塗りたくられ、紅をさされるのは気味が悪くて、最後に隣の姉ちゃんが嫁入りしてきたときと同じような、真っ白の着物を着せられた時には、もう、うんざりだった。こんな格好、村の子どもたちに見せられたもんじゃない。けど、誰にも見られないのは幸いだ。何しろ山餓様の嫁とりを見ると目がつぶれるっていうからな。
支度が済んだ頃にはすっかり日も暮れていて、おいらは神主様や村の若い衆たちに連れられて、鎮守の社にやってきた。ここは子供の頃からの遊び場だけれど、夜は何だかひんやりして、妙に静かで薄気味悪い。いつもの石畳には赤い毛氈(もうせん)が敷いてあって、村の衆が運んできた酒甕が並んでいる。
おいらはそれまでずっと自分で作った木剣を抱えていた。神主様がやってきて木剣を受け取ると、代わりにずしりとした本物の短刀を寄越した。そして、おいらを毛氈に座らせ、あたりをきょろきょろ見回しながら、ブツブツと祝詞のようなものを唱えた。そして、おいらに向かって、ポンとひとつ柏手(かしわで)を打ったとたん、おいらは...。

おいら...?
おいら...じゃない、あたし。あたしは小夜...どうして?

あたしは小夜、力丸じゃない。力丸なんて子、初めからいやしない。なんで自分は力丸だなんて思ったんだろ。小さい頃から、自分が十三になったら山餓様の嫁に出されることは知ってたけど、そんなことになっても、何とかして逃げてやろうとずっと思ってた。でもあのとき、神主様の祝詞を聞いているうちになんだかいい気持ちになってきて、それまで怖かったのが平気に思えるようになってきて、どうしてかなと考えたら、自分は本当は力丸という男ワラシで、しかもハヤトだからなんだと思うようになってきたんだ。ハヤトだから小夜を守るんだって。小夜は自分なのに、逃げるつもりだったのに、どうしてそんなこと考えちゃったんだろ。
いけない、神主様、どこ行ったんだろ。私ひとりでこんなとこにいちゃだめだ。早く、戻らなくちゃ。と思ってふりむいたら、もうそこに...
大きな獣。毛むくじゃらで、背はあたしの倍ほどもあって、目が赤くて、大きな口で、頭に一本角が生えている。そいつは、あたしが気づかないうちにすぐ近くまで来ていて、ぎゃあと叫んでのしかかってきた。もうだめ。ああ、わかった、嫁っていうのは化け物に喰われることだったんだ。

「もう大丈夫だ」
聞いたことのない男の人の声がした。あたしはその時うずくまってしっかり目を閉じていたけれど、そっと開いてみると足元に大きな獣が倒れていた。体中緑色の毛が生えていて、顔は獅子のよう。死んでるみたいだけど、これが山餓様なんだろうか。その側に大きな男の人が立っていた。見たこともない黒い服を着ていたけれど、顔の被り物を取ると、あたしに向かってにっこり笑った。ああこの人、見たことある。以前村に来た野鍛冶の人だ。
男の人は、倒れている山餓様の頭に手を伸ばすと、一本角を引き抜いた。でも、角だと思っていたのは真っ黒い小刀で、抜く時に山餓様の体がビクンと震えた。あたしは思わず後ろに飛び退き、転びそうになったけど、男の人の大きな手が支えてくれた。この人が小刀を投げたんだ。そして山餓様を殺してくれたんだ。
「オレの名はコギリ。おまえはこんな所にいないほうがいい。大阪に行くぞ。大阪には優しい爺さまがおる」