19 Jul 2009
大雪山系で10人もの登山者が遭難死した。亡くなられた方には気の毒だが、実に無謀な行為だったと思う。登山というのは昔からそれ自体が無謀で、周囲に迷惑を及ぼす行為とされていた。本人の生命の危険はもちろん、遭難すれば家族は捜索費用のために財産を失う。だから昔は登山にゆく若者は必ず家族に反対された。
それでも登山が許されるのは、若い頃に登山を始めて、経験を積んできた人だけだ。いわば、腰を据えて親不孝をしてきた人だけに許されることで、同じ年代を勉強や仕事に打ち込んできた人には、今になって登山する資格などあるはずがない。体力のある若者でさえ、最初は山岳部などで多数の先輩に混じって登山を始めるのだから、高齢者、未経験者の集団に、わずかな人数のガイドがついただけで山に登るのがどれほど無謀か、年配者なら判らなくてはならない。そもそもツアーに参加しなくてはならないような人に、登山の資格があるはずもない。登山に興味を持つ人は、実直な性格の人が多いかもしれない。ツアー参加費用は、それまでの人生の労苦の結晶だろう。が、そういう金だからと言って、金で山のコンディションや体力の衰えを補うことができ、生命そのものも買えるというのは思い上がりだ。事前にどれほどまじめに調べようが、ツアー会社に全幅の信頼を置こうが、多少の訓練をしようが、年寄りは山に登らないのが、人生の智恵・分別というものだろう。
遭難者の中にはベテランもいたという。つまりある年齢を超えれば、経験や技術の有無にかかわらず登山は無謀ということが証明されたようなものだ。もちろんほとんどの高齢者は登山などしない。それまでの人生、やりたいことも我慢しながら磨き上げてきた信念や見識があるから、この期に及んで周りに迷惑を掛けても山に登ってみたいなど考えない。むしろ、そのことを誇ってもいいと思う。
高齢者の登山は若者の暴走族よりたちが悪い。法律で規制されないのが不思議なほどだ。
それでも登山が許されるのは、若い頃に登山を始めて、経験を積んできた人だけだ。いわば、腰を据えて親不孝をしてきた人だけに許されることで、同じ年代を勉強や仕事に打ち込んできた人には、今になって登山する資格などあるはずがない。体力のある若者でさえ、最初は山岳部などで多数の先輩に混じって登山を始めるのだから、高齢者、未経験者の集団に、わずかな人数のガイドがついただけで山に登るのがどれほど無謀か、年配者なら判らなくてはならない。そもそもツアーに参加しなくてはならないような人に、登山の資格があるはずもない。登山に興味を持つ人は、実直な性格の人が多いかもしれない。ツアー参加費用は、それまでの人生の労苦の結晶だろう。が、そういう金だからと言って、金で山のコンディションや体力の衰えを補うことができ、生命そのものも買えるというのは思い上がりだ。事前にどれほどまじめに調べようが、ツアー会社に全幅の信頼を置こうが、多少の訓練をしようが、年寄りは山に登らないのが、人生の智恵・分別というものだろう。
遭難者の中にはベテランもいたという。つまりある年齢を超えれば、経験や技術の有無にかかわらず登山は無謀ということが証明されたようなものだ。もちろんほとんどの高齢者は登山などしない。それまでの人生、やりたいことも我慢しながら磨き上げてきた信念や見識があるから、この期に及んで周りに迷惑を掛けても山に登ってみたいなど考えない。むしろ、そのことを誇ってもいいと思う。
高齢者の登山は若者の暴走族よりたちが悪い。法律で規制されないのが不思議なほどだ。