さて、I氏の所属する彦根軍が近藤勇を捕らえるという話だが...。

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ふたたびI氏の話に関してだが、氏の出身地である彦根藩は、幕末・維新の時代にかけて時代の波に翻弄された藩である。彦根藩といえば井伊家。徳川幕府きっての譜代大名で、長篠の合戦以後衰退した武田軍の兵と甲州の軍法を受け継いだため、クロサワ映画でおなじみの真っ赤な甲冑を見につけ、彦根軍は「井伊の赤備え」と呼ばれ恐れられていた。
ところで戦国時代は鉄砲の時代である。種子島に鉄砲が伝来してほんの数年で、世界の過半数の鉄砲が日本にあるというほどになり、鉄砲の多寡とそれを使う戦術の良し悪しで勝敗が決した。戦場では、胴丸と呼ばれる簡便な甲冑をまとった鉄砲足軽が活躍し、槍や弓、ましてや刀はごく補助的な役割しかなかったのだが、江戸時代の太平の中にあって、ほかならぬ武士自身までも、戦というものが、講談に出てくるような刀や槍による合戦絵巻のようなものと思い込んでしまった。
そこで彦根藩である。幕末に起こった「天狗党の乱」の鎮圧を命ぜられ、赤備えで出陣したはいいが惨敗し、戦場に投げ捨てられた赤備えについてのざれ歌が巷に流布するという屈辱を味わった。

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以前にも書いたが、明治に北海道に入植し、地域産業の礎を築いたI氏。子供のころから腕白で、見かねた親が京都の寺に預けたが勤まらずに、家出して侍を目指す。天誅組の乱が起こると参戦し、帰国した後は田舎周りの相撲取りになって、しばらくは半ば渡世人のような暮らしを続ける。その後、帰郷した際に家長である兄にきつく責められ、土蔵に閉じ込められるが、京都で鳥羽伏見の戦いが起こったことを知ると、土蔵を破ってまた戦場に向かってしまう。

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ご子孫の方からの依頼で、明治維新で北海道に渡ったI氏の伝記をまとめることになった。元彦根藩の農家の次男に生まれたが、親も手を焼くやんちゃぶりで家業をいやがって藩に出入りし、二十代のはじめから、鳥羽伏見の戦いなどいくつもの戦場を転戦した歴戦のつわものだ。

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