21
Jan
2012
その昔、パソコンシステムが100万円近くした時代、事務機器販売会社では、できればこんなものは売りたくないという声があった。高額ではあるが、サポートが大変だから、FAXやコピー機を売った方が効率が良かったのだ。また、それらを導入した企業内でも、かえって作業が増え、時間がかかるようになったと、不満の声があがっていた。
一方現在では、価格が10分の1以下になったにもかかわらず、メーカーや販売会社では、専門の販売チームやサポートセンターまで用意するようになった。パソコンユーザー個人のだけでなく、その周辺までも見渡せば、「コンピュータネットワークが、合理化、省力化、時間短縮を実現する」といったかつてのうたい文句とはうらはらに、時間と手間と人手を増やす役割を果たしてきたように思う。
ところで、世界人口が30億台だった頃すでに、このままでは人類の多くが食べていけなくなると言われていたのだが、なんと現在の人口は70億人。なぜか、増えた人口もちゃんと食べて行けている。饑餓の問題が無くなったわけではないが、かつての低開発国も、いまでは次々と近代化の道を歩んでいるところを見ると、饑餓人口の比率も、かつてより下がっているのではないかと思われる。しかも、働かなくても食べていける人間が何十億人もいる訳ではないところのだから、そのほとんどが何らかの仕事を見つけているということになるのだが、私は、その増分の少なからぬ部分がIT分野に属しているように思うのだ。
さて、人間が認識したり、判断するといった、意識に登っている知能の働きは、実はかなりいいかげんで、思いこみや錯覚に左右され、合理的でもなんでもない。それに比べ、動物としての本能は、思ったより高度で合理的な判断をしているのではないかと思う。つまり、人が何を考えているかにはおかまいなしに、より人口が増え、種として繁栄するものを是として受け入れるのではないだろうか。
これをコンピュータにあてはめると、その登場当初は、合理化や省力化を実現するかもしれないということで、本能的に嫌悪する者も多かったが、そのうち人間は徐々にコンピュータを手間や時間や人手がかかる面倒くさいものに変えていき、より多くの人間が働く場を生み出すものに変わるにつれて本能に適うものに変化し、抵抗なく受け入れられるようになったのかもしれない。となると、ロボットやバイオ技術も、より手間や時間や人手のかかるめんどうなものに成り下がった時、本当に我々の身近なものになるのかもしれない。
一方現在では、価格が10分の1以下になったにもかかわらず、メーカーや販売会社では、専門の販売チームやサポートセンターまで用意するようになった。パソコンユーザー個人のだけでなく、その周辺までも見渡せば、「コンピュータネットワークが、合理化、省力化、時間短縮を実現する」といったかつてのうたい文句とはうらはらに、時間と手間と人手を増やす役割を果たしてきたように思う。
ところで、世界人口が30億台だった頃すでに、このままでは人類の多くが食べていけなくなると言われていたのだが、なんと現在の人口は70億人。なぜか、増えた人口もちゃんと食べて行けている。饑餓の問題が無くなったわけではないが、かつての低開発国も、いまでは次々と近代化の道を歩んでいるところを見ると、饑餓人口の比率も、かつてより下がっているのではないかと思われる。しかも、働かなくても食べていける人間が何十億人もいる訳ではないところのだから、そのほとんどが何らかの仕事を見つけているということになるのだが、私は、その増分の少なからぬ部分がIT分野に属しているように思うのだ。
さて、人間が認識したり、判断するといった、意識に登っている知能の働きは、実はかなりいいかげんで、思いこみや錯覚に左右され、合理的でもなんでもない。それに比べ、動物としての本能は、思ったより高度で合理的な判断をしているのではないかと思う。つまり、人が何を考えているかにはおかまいなしに、より人口が増え、種として繁栄するものを是として受け入れるのではないだろうか。
これをコンピュータにあてはめると、その登場当初は、合理化や省力化を実現するかもしれないということで、本能的に嫌悪する者も多かったが、そのうち人間は徐々にコンピュータを手間や時間や人手がかかる面倒くさいものに変えていき、より多くの人間が働く場を生み出すものに変わるにつれて本能に適うものに変化し、抵抗なく受け入れられるようになったのかもしれない。となると、ロボットやバイオ技術も、より手間や時間や人手のかかるめんどうなものに成り下がった時、本当に我々の身近なものになるのかもしれない。